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第35話 魔王からの贈り物

Author: 青砥尭杜
last update publish date: 2025-02-27 22:46:41

 魔道士への位階の叙位と称号の授与に関する一切の事務を「聖皇から委任されている」という形をもって取り仕切るウァティカヌス聖皇国にあって、報道機関への対応を一任されているクーリアの「祝賀の主役であるカイト卿に疲れた状態で晩餐会に参席いただくのは申し訳ない」という配慮から、新聞社を始めとする報道機関の取材を回避できたカイトは、一旦ホテルへ戻って一息つく余裕を得た。

 カイトとその護衛役であるセリカとステラ、事務方として随行する公使のスペイドが連れ立って宿泊するホテルへ戻ると、ホテルのロビーにカイトの戻りを待つ女性魔道士の姿があった。

 金髪のショートボブで鼻梁はすっきりと通り、切れ長の目には濃い碧眼が光る女性は、漆黒の地に群青の縁取りがなされたラブリュス魔道士団の軍服を身に纏っていた。

 すらりとしたスリムな体型で背も高い女性魔道士は、ホテルのエントランスからロビーへとカイトたちが入るのを視認するやすっくと立ち上がり、カイトに向かって深々と頭を下げた。

「お帰りを、お待ちしておりました」

 女性魔道士の落ち着いた低い声がカイトの耳に届く。

 セリカとステラが身構える気配を背後に感じながらも、カイトは緊張を隠しつつ女性魔道士へ歩み寄った。

「どちら様でしょうか」

 女性魔道士の前まで近寄って問い掛けるカイトに対し、女性魔道士は品を感じさせる微笑を浮かべながら答えた。

「セナート帝国のラブリュス魔道士団で第六席次を預かるシルビア・ゲルツと申します」

「はじめまして。カイト・アナンです。それで、シルビア卿……俺をお待ちいただいていたようですが、どういったご用向きでしょうか?」

 敢えて肩書きは添えずにカイトが質問を返すと、すかさずシルビアはなめらかな口調で答えた。

「本日はカイト卿の位階の叙位と称号の授与を言祝ぎたく、突然の失礼を押して参上いたしました」

「そうですか……ご足労いただき、ありがとうございます」

 ほんの二年前に矛を交えた敵国であり、国交が戻った今も最も警戒すべき大陸の覇権国家セナート帝国。戦場においてはその大国の全権代理人となる筆頭魔道士団の第六席次が、急に目の前に現れたことへの警戒は解かずに、カイトは努めて穏便な姿勢で応じた。

 隠しきれない緊張が顔に出ているカイトとは対照的に、落ち着き払った面持ちのシルビアは、カイトに向かって軽くうなずいてから自身の傍らに立つ役人らしき男へ目配せした。

 セナート帝国の役人らしき男はおずおずとカイトへ近付くと、ビロード貼りの化粧箱をうやうやしくカイトへ向けて差し出した。

「……これは、何でしょうか?」

 カイトがシルビアへ端的に問うと、シルビアは微笑を崩さずに答えた。

「皇帝陛下からの祝いの品です。どうぞ、お納めください」

「シーマ陛下から、ですか……?」

 カイトは同行していた公使であるスペイドへ視線を向けた。

 視線に気付いたスペイドは無言でカイトへ首肯を返した。受け取って問題ない。あるいは受け取っておかなければ失礼に当たる。外交の専門家である公使がそう判断したのだとカイトは理解した。

「では、ありがたく頂戴します」

 カイトが化粧箱を受け取ると、シルビアは付け加えるようにシーマの意向を伝えた。

「カイト卿には是非、普段から身に着けていただきたい。と陛下は申しておりました」

「……そうですか。では、そのように」

 カイトが一応の了承を口にすると、シルビアはカイトに向かって再び頭を下げてみせた。

「前後してしまいましたが、此度のカイト卿の聖魔道士、そして太魔範士の授与を心よりお祝い申し上げます」

「……ありがとうございます」

 顔を上げたシルビアが柔和な微笑みを浮かべる。

「ご多忙の中、貴重な時間を頂戴してしまいました。私はこれで失礼いたします」

「はい。シーマ陛下には、くれぐれもよろしくお伝えください」

「承りました。では、またお目にかかれる日を楽しみにしております」

 シルビアは品のいい微笑みを残して、役人と覚しき男を引き連れホテルを立ち去った。

 穏やかな空気を纏いつつも隙の無いシルビアを警戒しつつその背中を見送ったセリカは、カイトへ近付いてから感想を口にした。

「さすがはラブリュスの第六席次と言ったところでしょうか……隙など一切無かったですね。しかし、セナート帝国の情報網は世界一とも称されているとは言え、この動きは速すぎますね……」

 セリカと同様にカイトのそばに寄ったステラが、推測を口にする。

「おそらく前もって用意していたのでしょう。太魔範士というのは後付けで、聖魔道士の授与に対して用意していた贈答品なんでしょうね」

「なるほど……さて、これはどうすれば……」

 カイトが問い掛けるようにスペイドへ向かって目配せすると、スペイドは用意していた答えを口にした。

「問題ありません。国交の回復した国の君主からの贈答です。そのまま、カイト卿がお受け取りください」

「分かりました」

 カイトは首肯するとビロード貼りの化粧箱を開けた。

 大きなルビーと思われる宝石が嵌め込まれた金の指輪が入っていた。

 スペイドが「失礼いたします」とカイトが持つ小箱の中を覗き込んで、息を呑んだ。

「どうかしましたか?」

 カイトが訊くとスペイドは驚きを隠すように口元へと手をやりながら答えた。

「これは、おそらくピジョンブラッドかと思われます……しかも、十カラットは優にあります……」

「高価なものなんですか?」

「はい……ソブリン金貨で三千枚は下らないでしょう……」

 スペイドが口にした価値の大きさに、カイトは目を丸くした。

 基本的に金本位制であるテルスにおいて、ソブリン金貨は世界基準となる貨幣だった。カイトがテルスに来てから得た感覚ではソブリン金貨一枚は元の世界の日本で云えば七万円ほどの価値を持っていた。

 いま自分の手の上に、二億円以上の価値を持つ宝石が乗っている。

「そんなに高価な贈答が、当たり前なんですか?」

 自分の感覚が異世界の感覚とズレているのか確かめるためにカイトが訊くと、スペイドは首を横に振った。

「いえ……これは、どう考えても異例です」

「そうですか……」

 つぶやくように応じたカイトは、指輪に嵌め込まれたピジョンブラッドへ目を落とした。

 仮想敵であるはずのセナート帝国の皇帝から贈られた、重さすら含んでいるかのような深みを持ちながらも鮮明に輝くピジョンブラッドの持つ意味をカイトは考えた。

「受け取ってしまって、良かったんでしょうか……」

 カイトがつぶやくと、スペイドは首肯を返した。

「はい。受け取らなければ失礼に当たります。今後、特にセナート帝国との外交的な場では必ず身に着けるよう、お願いいたします」

「……分かりました」

 指輪を手に取って左手の中指に着けてみたカイトは、指輪というより宝石の奇妙な重みを感じた。

 ピジョンブラッドが自ら怪しく光ったように感じられて、カイトは自分が本来は小心であることを思い出した。

 この異世界テルスに来てからと云うもの分不相応な力を得て、それに応じた扱いを受けている。自分はそれに対応できているのか。自分は変われているのか……。

 カイトは自問したが、現時点で自分が持っている少ない事実の欠片だけでは、どう組み合わせても答えに辿り着ける気はしなかった。

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